• 有識者
  • 2019.09.12 (最終更新日:2022.03.26)

仲間とともに気持ちよく働ける職場作りが健康経営の最終目標

  • 経済産業省 商務・サービスグループ 政策統括調整官 (兼)厚生労働省 医政局 統括調整官 (兼)内閣官房 健康・医療戦略室 次長
  • 江崎 禎英
  • 有識者
  • 2019.09.12 (最終更新日:2022.03.26)

仲間とともに気持ちよく働ける職場作りが健康経営の最終目標

  • 経済産業省 商務・サービスグループ 政策統括調整官 (兼)厚生労働省 医政局 統括調整官 (兼)内閣官房 健康・医療戦略室 次長
  • 江崎 禎英
目次

健康経営優良法人認定制度のスタートした背景や狙い。

健康経営優良法人認定制度
これまで従業員の健康管理は、企業経営者にとってはコストと捉えられてきたため、「健康」と「経営」は長い間対立する概念でした。健康の大切さは誰もが理解しているのですが、それを本人の責任に委ねている限り、自身の健康より目の前の仕事を優先してしまい、健康診断を始め健康管理が進まないというのが医療関係者や厚生労働省の悩みでした。「健康経営」は、従業員の健康管理を企業の経営戦略に位置づけることで、経営者の意識や企業文化を変えようという取り組みです。それを端的に表したのが「健康経営銘柄」から始まる「健康経営優良法人認定制度」です。

経営者と従業員が繋がる事でのシナジー効果。

経営者と従業員
企業が健康経営に取り組むことのメリットは、まず従業員に生じます。これまで自分からは言い出し難かった「付き合い残業」の削減や「職場の禁煙」、オフィス環境の改善などが「会社の課題」として進められます。次に、そうした取り組みを積極的に推進する会社は、「ホワイト企業」だと評価され、人手不足の中でも人材を集めやすくなります。この結果、良い人材が集まる企業は将来性のある優良貸出先として地方銀行が貸付金利を引き下げ、保険会社も掛け金を引き下げ、最近では自治体の調達条件にまで位置づけられるようになりました。こうしたサイクルが、健康経営の普及を加速することになりました。
 
この段階になると、企業経営者にとって健康経営に取り組むことは、明確な経営上のメリットをもたらすことになります。さらに、健康経営の取り組みも5年目になると、企業業績との関係を分析できるようになりました。具体的には、健康経営を行っている企業は、景気後退局面において経営安定性が高まることが立証されつつあります。

企業価値の向上から企業のブランディング、リクルート効果へ

企業のブランディング 健康経営に取り組んだ企業からは、「これまで毎年200人の学生を採用するのに苦労してきたが、ホワイト500に認定された途端、数百人もの学生が集まるようになった」とか、「優秀な人材が採りやすくなった」という声が寄せられています。また、私が自治体に出向していた頃の話ですが、地元の中小企業に本人が就職を希望しても親に反対されて内定を取り消すという事案もたくさんありました。今就職活動をしている学生の親たちは、バブル期に社会人になった方が多く就職活動に苦労した経験がないため、自分が名前も知らない中小企業に自分の子供が就職することに抵抗感があるようです。そうした中、最近では「お母さん、ここホワイト企業だよ」と言えば安心してOKが出るといった話も聞かれるようになりました。

健康経営の政策的意義と発展の方向性。

健康経営の政策的意義

経済産業省としては、健康経営を推進するに際して、これまでの右肩上がりの経済から成熟・安定経済に入る中で、企業経営のあり方を変えていかなければいけないとの問題意識がありました。従来の企業戦略は、経済規模が拡大する中、「如何に手間と時間を削減するか」、「ムダ取りによる生産性向上こそ競争力の源泉」との認識が主流でした。今後は、モノもサービスも溢れ、市場も成熟し、単に安いものを作れば売れるのではなく、如何に顧客のニーズを掴み満足度を上げるための努力が出来るかが重要であり、従業員が持てる力を十分発揮できる経営手法に転換していく必要があると考えていました。
健康経営銘柄が始まって5年が経ち、健康経営への取り組みは大企業を中心に広がっており、健康経営の啓蒙普及という第一ステップはある程度達成できたのではないかと思っています。


次のステップでは、中小企業も含め全国に広く深く浸透させることを目指します。また、残業時間の管理や禁煙環境の整備など形式的な事柄だけでなく、人間関係も含めた働きやすい職場環境の実現も重要です。具体的には、プライベートな問題も含めて、周りの人たちと話しやすい環境を作ることで、仕事の悩みや新しいアイデアの相談などが気軽に出来るようになることを目指すのです。反対に、上司や同僚の顔色を見ながら仕事する職場では、クリエイティブな仕事や生産性を上げることは難しいのです。子どもが病気だったり、奥さんの調子悪かったりといったことを雑談の中で話せる環境があれば、「今日は早く帰ったほうがいいんじゃない?」と周りが配慮してくれることも期待できます。様々な事情を抱えた人が安心して働くことが出来、信頼できる仲間とともに個々人の能力が発揮できる職場環境の実現が健康経営の最終的な目標です。

健康経営こうした職場環境を実現する上でなんと言っても重要なのは、女性の働き方です。よく日本社会は「男性中心の社会」と言われますが、決して男性にとっても働きやすい社会ではありません。子供を生むという大切な役割を担っている女性が働きやすい職場は、男性にとっても働きやすい職場だと思います。夜遅くまで誰も帰らない職場は、自分の仕事が終わっていてもなんとなく帰りづらいものです。そんな中で「僕帰ります!」と言う人がいると「じゃあ僕も帰ろうかな」と言えるようになる。「子供が居るから早く帰るのは当たり前だよね」ってみんなが思っていたら「早く帰ったら」と周りが言ってくれる。反対に時間に余裕があるときには「それは僕が代わりにやっておくから」と言える。様々な働き方が出来る職場になれば、それぞれの職員が持つ個別の事情を許容でき、その能力が存分に発揮できる。そんな職場環境が当たり前になることを目指したいと思っています。

健康経営優良法人認定制度の今後の方向性。

健康経営優良法人認定制度の方向性

健康経営優良法人認定制度は、毎年基準や配点のウエイトを見直しています。当初は、健康経営に対する経営層の関与や体制の整備といった形式的なことが中心でしたが、年々取り組みの内容にウエイトがシフトしています。まずはできる事から初めて、取り組みが進んだら次のレベルへシフトアップして行くという方式です。ただし、課題はシフトアップの加減です。厳しくし過ぎると広がらないし、緩すぎると意味を持たなくなるのです。
ちなみに、「ホワイト500」は2020年から少し仕組みが変わります。これまでは、「業種のトップ1社のみ」という「健康経営銘柄」と異なり、絶対基準での審査でしたので基準さえクリアできれば何社でも「ホワイト500」と認定されました。しかし、今年も800社以上が「ホワイト500」に認定されましたので、名前を変えるか、制度を見直すかで議論を重ねてきました。その中で「ホワイト500」という名前が定着していることや、500社という数が目標にするには絶妙な数であるとの意見が多かったため、次回からは、絶対基準をクリアした企業を「健康経営優良法人」に認定し、そのうちの上位500社に「ホワイト500」の称号を認めることになります。

健康経営はマネージメントのツール。

健康経営はマネージメントのツール

第5回の健康経営アワードの際に話しましたが、「健康経営」とは成熟社会におけるマネージメントのあり方なのです。言い換えれば「我々は、あなた方をこのように扱いますよ」という企業から従業員へのメッセージでもあるのです。モノもサービスも溢れる時代の中で、健康経営というツールを使いながら、企業も従業員も新しい働き方を実現することを期待しています。
最近では、健康経営の取り組みは世界からも注目されています。健康経営の基となった“Health and Productivity”の考え方を提唱した先生もアメリカから日本取り組みを学びに来られました。ヨーロッパの国々からも健康経営に関心が寄せられています。ちなみに「ホワイト500」はシンガポールでも知られているそうです。

実は、世界の多くの国では未だに「健康管理は本人の責任」という認識が一般的なのだそうです。高い保険に入っている人は保険会社のサービスとして健康アドバイスを貰えるが、そうでなければなかなか健康管理に取り組めないのが実態のようです。健康が本人の責任である限り、どうしても目先の仕事を優先してしまうのは世界共通のようです。イギリスの研究では、本人にインセンティブやペナルティーを与えるだけでは健康管理は進まないといった研究結果が報告されているそうです。

これに対して日本の取り組みは、個人が仕事か健康管理かの二者択一に悩むのではなく、健康管理に取り組むことが企業業績にも連動するとの理解を進め、職場環境や企業文化を変えてしまおうというアプローチです。これこそが、将来的な日本企業の競争力に繋がっていくと考えています。

これから健康経営に取り組む企業に向けて。

健康経営に取り組む企業

「健康経営」を始めようとする企業が一番陥りやすいトラップは、社内に喫煙ルームや運動設備、女性専用のパウダールームなど設備投資をしなければいけないのではと思ってしまうことです。働きやすい職場とは、設備の問題ではなく、少しだけ仕事のシフト変えたり、ちょっとした相談が出来る仕組みを作ったりなど、簡単なものこそ重要なのです。例えば、毎日課長が全職員に一言声を掛けるだけでも職場の雰囲気は大きく変わるのです。
特に女性の方は、今日は体調が良くないことを気軽に相談できる環境が大切なのです。これは必ずしも医者を雇ってくださいと言っているのではないのです。
誰もが様々な事情を抱えて生きています。そうしたことを押さえ込まず、仲間とともに気持ちよく働ける職場作りが健康経営の最終目標です。まだまだやれること、やるべきことは沢山あると思っています。

会社選びのガイドラインとしての当メディア『にじいろ』に対してのアドバイス。

就職活動 「健康経営」はまだまだ発展途上です。様々な企業がそれぞれの事情を踏まえて取り組みを進めています。その意味で、単に「ホワイトか?ブラックか?」だけの議論にしないことが大切です。
我々としては、就職活動をする学生さんが企業を訪問した時に「貴社の健康経営に対する取り組みはどのようなものですか?」と当たり前のように訊ねてほしいと願っています。単に健康経営をしているかをYes,Noで問うのではなく、「具体的にどのような取り組みをしていますか?」と訊くことが大切です。健康経営に対する具体的内容が就職活動の中で話題になるとありがたいと思います。
ちなみに、最近新卒3年未満で転職する人が増えているようですが、その多くは給与や仕事の内容ではなく、職場環境が理由ではないかと思っています。企業に対するイメージと現場とのギャップが大きすぎて、こんな筈じゃなかったということでしょう。しかし、これまでは、「職場環境など入ってみなければ分からない。」「学生生活と違うのは当たり前。」「3年位我慢して働けば分かるようになる」といったことがまかり通っていましたが、こうした常識を見直す必要があるでしょう。
新人は我慢してベテランが幅を利かすのではなく、皆が課題を共有し言いたい事が言える環境は、仕事の中身や職種よりも本人にとっては大切かもしれません。転職される方もそうですが、転職先企業を探す段階で「給料はいくらですか?」「残業はどうですか?」も大切ですが、「どんな風に仕事していますか?」はもっと大切だと思います。この結果、企業は自社をアピールする際に、業績やシェアだけでなく健康経営への取り組みが重要になる。そんな社会を作るきっかけになって欲しいと願っています。

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